金谷部落は江戸時代、長崎街道の宿場町、平戸街道の起点として又漁船の船着場として栄えた部落でありあます。そこで金谷浮立(道ばやし)が生まれ笛太鼓でひしがん、金比羅舟々、ひゃらほろ、しんばやしを打ち鳴らして八坂神社に無病、息災、を祈願したといわれています。今も「金谷自治会」のひとたちによりこの伝統はシッカリ受け継がれ祇園祭には3年に1度踊り町としての大役を果たしています。