献茶式の趣旨

 古くから中国を中心に発達した茶の文化は、早くは天平時代(7世紀前半)に日本に伝わったとされますが、その時代は まだ朝廷や寺院などでわずかに飲まされる程度の貴重な飲み物でした。
  そのお茶が、今日のように広く一般に普及したのは、4世紀近く時を経た12世紀末です。 日本のお茶の祖であり、わが国に臨済宗をもたらした栄西禅師(1141〜1215年)は中国(宋)よりお茶の種子を持ち帰り 、栽培と喫茶を広め「お茶は養生の仙楽、延歳の妙薬なり」とする「喫茶養生記」を記した事は有名です。栄西が茶の蒸し製法を 初めて伝えた意義は大きく、茶と茶の湯の原点にも位置づけられ、仏法と薬効の紹介により、茶を再発見させた栄西禅師の功績は 茶祖と呼ぶにふさわしいものです。このような歴史背景のもと、長崎県茶業協会会員が一体となり、栄西禅師が茶を伝来した「千光寺」 に献茶を行うことで、先人への深い感謝と共に広く県民に長崎県産茶に対する認識を深めてもらい、県産茶の消費拡大による地産 地消を推進します。また、県内茶業界に更にご支援、ご理解を求め、長崎県茶会の更なる発展を図ります。

献茶式に関わる史跡

千光寺

平戸市木引町にある臨済禅発祥の地で、龍灯山千光寺という。この寺の前身は『龍松山冨春庵』といい、栄西禅師ゆかりの古いお寺である。寺の境内には、1787年(天明7)建立の「開祖千光塔」があります。

 

冨春庵跡

栄西禅師は、1191年(建久2)の7月宋から帰国、戸部侍郎清貫に迎えられて、新築の小院、冨春庵で8月8日に日本で始めての禅規が 行われたという。その小院冨春庵の跡です。南の隅には、栄西禅師が座禅を組んだという座禅石があり、中ほどに「日本禅宋発祥 の地、冨春庵跡」と刻まれた石碑が建っている。

 

「冨春園」

栄西禅師が日本において初めて茶の実を播いた茶園です。製茶の方法や喫茶の法も伝授したと言われる。茶畑の広さは、約2畝であった という。