東そのぎ 七夕まつりとは
鎖国時代、長崎出島は日本で唯一貿易(南蛮貿易)が行なわれていた所です。その当時旧長崎街道彼杵宿は出島の繁栄と共に陸海上の交通の要所として大変栄えました。町おこし委員会では、先人が築いた史跡、遺跡をもう一度掘り起こし、町民と行政が協働して町おこしを企画 「東そのぎ 七夕まつり」 をスタートしました。資金はスタッフで捻出、作業はボランティアで資材(竹、笹)は町おこし隊の竹場で調達、ローソクは家庭で不要になったローソクを溶かして再生、短冊は包装紙や広告紙、,コンサート出演者もボランティア,スタッフの知恵とたくさんの汗を出した七夕まつりでした。